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農家民宿 Auberge Fujii Fermierについて

農家民宿 Auberge Fujii Fermierについて

Fermier(フェルミエ)とはフランス語で「農家」という意味。またフランス語で農家民宿を「auberge de paysanne」と言うところから、私共の農家民宿の名前は由来しています。フランス語で私共の宿を命名したのは、グリーンツーリズム発祥の地であるフランスに敬意を表してのことです。
 
一般に「オーベルジュ」とは宿付きのレストランを指します。私共の農家民宿に農家レストランが併設されることも、未来の設計図に入れてあります。

農家民宿「オーベルジュ・フジイフェルミエ」は、福井県・越前海岸にほど近い小さな農村の中にあります。
くっきりとした美しい四季がのどかに移ろっていきます。耳を澄ませば野鳥の鳴き声とかすかに吹き渡る風の音だけ。都会の雑踏とは無縁の静寂さに心身共に癒されることでしょう。

「オーベルジュ・フジイフェルミエ」は、ご希望されるお客様に四季を通じてさまざまな農漁業体験を用意しています。
また山海の豊かな自然に育まれた福井は古来若狭国が、淡路国、志摩国と並んで御食国(みつけくに)として、京都の天皇の食を賄ってきた全国屈指の美味しい食材の産地です。
「オーベルジュ・フジイフェルミエ」では、福井の地野菜や地魚をふんだんに用いた料理を心をこめてお出ししています。ぜひお楽しみください。

※現在、都合により夕食をお出しする事ができません。ご不便をおかけしますことをご容赦ください。

About 'Farm Inn Auberge Fujii Fermier'


In French, the word ‘fermier’ means ‘farmer’ and a farm inn is 'Auberge de paysanne'. The name of our farm inn comes from this.‘Auberge’ means ‘inn’ or ‘hostel’ with a restaurant attached. A farm restaurant is in our dream to make come true in the future.

Auberge Fujii Fermier is located in a small village close to the Echizen seashore in Fukui Prefecture, Japan. You can relax and enjoy the distinct pleasures of each of the four seasons here. If you listen closely, you will hear the birds singing and feel the faint breeze blowing over you. Surely, you will feel physically and mentally rejuvenated in the tranquility of the Fukui countryside, far from the hustle and bustle of the big city.

In Fukui, we are proud of our natural mountain and sea environment and the many different delicious foods it produces.
Auberge Fujii Fermier cordially serves our guests French dinner and the traditional Japanese breakfast prepared with locally sourced fresh produce and fish.
Reservations for both dinner and breakfast are required in advance.
Note: We are current no longer serving dinner. We apologize for any inconvenience.

About 'Farm Inn Auberge Fujii Fermier'

私が農家民宿を始めた理由 The reasons I opened a Farm Inn

我が家と村の経緯から、農家民宿開業に向けて、さらに開業後の物語あれこれ

私が農家民宿を始めた理由 The reasons I opened a Farm Inn

私の村の地理について About the geography of My Village

私の村は戸数11軒(内、2軒は空家)、総人口22名の小さな集落です。実質的には村なのですが、昭和40年代に福井市に合併され、住所表記が「福井市西畑町」となりました。これで「町」とはこそばゆい感じです。実際の雰囲気は、福井県坂井郡西畑村、みたいなほうがふさわしいでしょう。
 鷹巣という地区の東端に西畑町はあります。鷹巣地区は総戸数500、人口は2000人です。
 鷹巣地区は越前海岸の海岸線沿いに集落が点在しています。
日本海を隔てて中国や韓国が近いため、古来より大陸との交流・交易が盛んでした。そのため、それぞれの集落には興味深い史実や伝説が多く残されています。
 私の村から最寄りの海岸は三里浜と呼ばれる砂浜です。
 九頭竜川の河口から吐き出された砂が山陰から北上していく対馬海流に押されて、永年の間に堆積し、三里浜が作られました。
 浜辺はキス釣りのスポットとして、また浜の少し沖合は真鯛釣りのこれまた有名な漁場です。
 南側に横たわる山ですが、村の真後ろがなだらかな山並みが「双子山」、さらにその後ろには標高438mの「鷹巣山」があります。この「鷹巣山」の山頂には700年ほど昔に山城がありました。
この山城とその城主の歴史については後日お話ししましょう!

私の村の地理について About the geography of My Village

村を取り巻く地区の歴史 The History of My Village and the Area Around My Village

福井県は京都と隣接していることから平安時代より越前国として豪族の荘園地が広がっていました。

また志摩国や淡路国と並んで若狭国は御食国(みつけくに)として京都に住む天皇や皇族貴族の食を支えてきた歴史があります。

 また、戦乱の主戦場で在り続けた京都でしたから、当然福井も戦や出兵に巻き込まれてきました。

 私の村、西畑の南側に、鷹巣山という山があります。この山頂には城跡があります。石碑だけですが。

さかのぼること680年、時は南北朝の時代。

平安時代の強力な天皇政治の復活を夢見た後醍醐天皇は建武の新政のおふれを出しました。

しかし、これは足利尊氏ら武将たちに大不評。

それはそうです。武将豪族たちの既得権益を脅かす内容が込められていたからです。

挫折した後醍醐天皇は南朝(奈良県吉野)に下りました。

この南朝側についたのが、福井越前の武将新田義貞だったのです。

北朝の足利軍は新田を攻めんと福井に押し寄せてきました。

敦賀、鯖江と新田側の城は次々と攻め落とされ、暦応元年(1338)新田義貞はあえなく戦死。

翌2年八月に後醍醐天皇も崩御。

新田義貞には新田四天王と呼ばれる豪傑の家臣がいました。

そのうちの一人、畑六郎左衛門時能(はたろくろうざえもんときよし)の居城が鷹巣山の山頂の鷹巣城だったのです。

南朝側の城は、もはや鷹巣城だけになっていました。

時能は家来27騎300人で鷹巣城に籠ります。

標高438メートルの鷹巣山はそのふもとを足利軍七千騎、歩兵1万数千という大軍勢によって幾重にも取り囲まれ、時能軍は兵糧攻めに遭ったのでした。

この西畑村辺りは、万を超す足利軍の野営地となっていたはずです。

しかし時能を慕うふもとの村人たちは夜闇にまぎれて味噌米などの兵糧を城へ運び上げ時能軍を1年半に渡って支えたのです。

結局時能らは勝山に逃げ延びるのですが、当てにしていた平泉寺の僧兵らが足利軍に寝返り、板ばさみとなって敢え無く業死をとげました。

この行は江戸時代の「太平記」に詳しく書かれています。

はるかな時空を超えて細い山道の上では、微風が木漏れ日を躍らせています。

城の石垣に用いられたであろう石はまだ風化せず、当時のノミの跡がくっきりと残っています。
山頂はなだらかな平地となっていて、現在は城跡の石碑がひっそりとたたずむばかりです。

村を取り巻く地区の歴史 The History of My Village and  the Area Around My Village

我が家の歴史

田舎ではどこの家もどこかのお寺の檀家となっています。

お寺には過去帳というのがあり、ご先祖の誰がいつ亡くなったかという記録が記載されているのです。

私の親せき筋に、我が家の過去帳を調べて家系図を作った方がおりました。

その家系図を見ると、もっとも古いもので江戸の元禄時代から詳細な記録が始まります。

我が家は代々農家で、この小さな村の庄屋を務めていたそうです。

定かではありませんが、およそ庄屋というのは流れついた武士が務めたというような定説があるので、もしかすると我が家のご先祖様も京都辺りから下野したのかもしれません。

我が家が村の中心部にあり、屋敷の敷地もおよそ1000坪と大きいのも、そうなんだ、と肯けます。

村を消滅から救いたい、という私の気持ち、叶えるにはご先祖様のお力が絶対必要です!

がんばらなきゃ。

我が家の歴史

両親の他界で家屋敷の管理がとても大変になってきた 

2013年に母が、翌年2014年に父が逝去しました。
両親と私の3人暮らしをしていた頃は、妹夫婦たちもよく泊りに来て、家族わいわいとにぎやかに過ごしていたものでした。しかし両親がいなくなってしまうと、この大きな家がとても空虚に感じたのです。
 木造2階建ての一軒家ですが、部屋数12、それに台所と浴室。トイレは1階2階にそれぞれ。延べ床面積300㎡。これは私一人には広すぎます。
 私一人ですから家の中はそれほど汚れません。また、平日は他の仕事をしているので家の掃除は週末に回ります。いきおい、掃除機をかけるのが2週間に1回となったりすることもありました。
 庭の草抜きも同様です。1000㎡の庭屋敷の雑草たるやすごいものがあります。
 父母が元気な頃は父が庭木の剪定。母が草抜き。家の掃除はみんなでそれぞれやっておりました。
それがいきなり私ひとりの肩にのしかかって来たのです。
加えて家の維持管理費。
2015年が明けて親のいない正月を妹たちと我が家で迎えたとき、私が彼らに言った言葉を覚えています。
「このがらんとした家の部屋。荷物も積まずに走っているトラックか観光バスみたいなもんやね」

せめて客間の座敷部屋だけでも何か有効に使える方法があるといいなあ、という淡く漠然とした気持ちが私の胸の中に醸成されていきました。

遊休資産の活用!

使わなきゃ。使ってもらわなきゃ。

両親の他界で家屋敷の管理がとても大変になってきた 

限界集落化、そして集落消滅の危機

かつては西畑町のほぼ全世帯が専業農家でした。
しかしながら、中山間地であるため耕作可能な水田は準棚田のような悪条件の元にあり、田1枚当たりの面積も小さいものです。

しかも一戸当たりの所有耕作面積も小さく、農業収入を上げることは基本的に難しい立地でした。
そのため、働き盛りの世代は次第に街に勤めに出、兼業農家化が急速に進みました。
さらに、農業の担い手が高齢化によって農業を断念するに及びますと、わずかな耕作地のために高額な農機具を所有維持することができず完全離農する世帯が増えて、現在自ら水稲生産を続けている世帯はゼロとなっています。
他は自給用に野菜を少し栽培する程度です。
        2000年 2010年 2018年  2028年(予想)
水稲栽培世帯数  11   7     0    0
旧西畑町集落人口 44    37     22     14

西畑町は、元々の集落内(以降、旧西畑町集落と表記します)の11世帯と、国道305号線沿いにある2世帯の合計13世帯で構成されています。
旧西畑町集落の内2軒は跡取りが無く、現在空き家となっており、実質9世帯です。
旧集落内9世帯で、18歳以下の幼少年者数はゼロ。65歳以上のみの世帯は2。
この数年、町民の死亡(病死)による住民数の減少が続いております。

今後10年ほどで確実に起こりうる限界集落化の問題が深刻な影を落としています。

限界集落化、そして集落消滅の危機

民泊じゃなくて農泊ってのがあるんだってよ

2016年の春、私の友人が新聞の切り抜きを写真に撮ってメールで送って来ました。

「農業新聞」です。

「農水省、農泊を支援!」

そしてその友人、
「藤井さん、これ面白いよ。調べてみて?」と。

私、調べました。

TPP問題、農夫の高齢化、少子化、離農化、限界集落化などなど、日本全国の農村・農家を取り巻く厳しい現状と未来を憂う(TPPについて最初は反対と言っていながら、経団連向きの政府が結局賛成して成立させた。そのしわ寄せをまともに食らうであろう農家へのせめてもの罪滅ぼし、という意味合いが強いと私は感じていますが〕政府が、農家民宿を農家の新たな収入源として始めてはどうだろうか、厚く支援しますよ、というのがおおまかな内容です。

私の脳みそに、パチン!と閃きの火花が散りました!

「これだ!」

私個人の手が空く日だけ予約を受けて、座敷間にお客さんが泊ってくれて1カ月に2,3万円でも売上があれば光熱費がまかなえるのなら生活のベースができる!

それが動機付けとなって、きっと私は部屋だけでなく、家の内外の掃除もがんばってやるだろう、と。

私の村についても、可能性が見えました。

国道から村に至る道路は村で行き止まりです。

通り抜けることができないので、村に用が無い人しか村に入って来ないのです。

国道沿いの村々であれば、しじゅう観光客がドライブがてらに眺めるので、
「あ~、ここら辺、眺めが良いなあ。別荘建てたらいいかも~」という人が出てきます。現に、鮎川や免鳥では別荘やカフェがぽちぽちと建っています。

我が村はきっと誰にも気づかれずひっそりと消滅していく。

そんな不安と危機がありましたが、この農家民宿が実現したら、それをきっかけとして危機が薄らぎ、解消されるかもしれない!

村に関係の無い人たちが村を訪れ、村に泊り、村で食事をし、村の周囲を見て楽しむ。

それが集落消滅を救う大前提だからです。

農家民宿はそれを実現できます。

あくまで農家の空いている部屋を客室として使うわけですから、ホテルや旅館のような快適な空間ではないかも知れません。

しかし、逆な見方をすると、普通の農家に泊ることで味わえることは鮮烈です。

静かな農村のたたずまい。さわやかな空気。鳥のさえずりやそよぐ風が揺らす葉音。村人たちとの語らいで聞く方言の味わい。

これらはスマートなホテル宿泊では体験できない、まさに日本の旅の醍醐味です。

今や、日本らしい日本は地方の農漁村にしか残っていない、と言われるゆえんです。

妹たちは、
「お兄ちゃん、こんな何にも無い村に、お客さんなんて誰も来んよ」と冷ややか。

でも私には見えました。

たくさんのお客さんがこの村を楽しんでいる姿が。

『初期投資のリスクはゼロ!ならば、失うものはない!じゃあ、やってみよう!』
私は開業に向けて行動を起こしたのです。

民泊じゃなくて農泊ってのがあるんだってよ

福井県庁に電話から開始

2016年の7月、私は福井県庁の地域農政課に電話をしました。
「農家民宿について興味があるので、詳しく教えてほしいんですが。」
アポイントを取って数日後に出かけました。
「農家であれば問題ありません。農業体験をしてもらえる農地はどれくらいの広さですか」
自宅を実際に視察したい、とのこと。
我が家に県庁の方が来て、農業体験予定の農地の実測。
それからおよそ半月後、県から「農家民宿」を開業するにあたっての最初の認定がもらえました。
これをもって、晴れて堂々と「農家民宿」と名乗れるのです。

しかし、問題はこれから。

農家民宿を開業するのとの間には乗り越えなければならない大きな大河がありました。
農家民宿というのは開設に際する特例規制緩和対象で、建築確認も消防法の適用も、客室33㎡未満の農家民宿は不要なのですね。
 
では、何が必要不可欠なのか。
それは保健所が発行する「旅館業許可書」なのです。

農家民宿というのは旅館業ですから、旅館業法の許認可が要るのです。それは保健所が発行しています。
これが無いともぐりの旅館になってしまいます。
2018年6月に施行された「民泊法」も同じで、保健所から「旅館業」許可を得なければならないのです。ただ、農家民宿の方が、民泊よりずっと手続きは楽ですが。
 農家民宿では当然ながら食事も提供します。
それで、食品衛生責任者講習を受ける必要があります。保健所には、その講習受講の手続きに9月の上旬に出向きました。
ただし、食事を提供するには、この「食品衛生責任者講習」は必要条件ではあっても、十分条件ではないのです。
食事提供の権利を得るには、「飲食業許可証」の発行を得なければなりません。
手続きをして、晴れて、12月21日、「旅館業」許可(農家民宿限定)と、「飲食業」許可(これも、農家民宿限定)を賜りました。
 農家民宿をこれから開業しようと思ってらっしゃる皆さん。
まずは、県庁に出向いて「農家民宿」対象の施設である証明を得る。
次は保健所で「旅館業許可証」を得る。
食事を出すのなら、同じく保健所で「飲食業許可証」を得る。
そして、保健所が毎年案内してくる「食品衛生責任者講習」を受ける。
これが絶対外せないステップです。

 

福井県庁に電話から開始

ホームページはとても大事

2016年12月21日に福井県保健所から、晴れて「旅館業許可証」と「飲食業許可証」をいただきました。

旅館業許可証は廃業するまでずっと有効。

飲食業許可証は向こう5年間の有効期間です。加えて、毎年保健所が開催する「食品衛生責任者講習会」の受講が義務付けられています。

ホームページを作る、というのは、しろうとの人にはほとんど不可能と思われています。私も当初はそう思っていました。

しかし、素人でも案外簡単にきれいなホームページが作れるのですね。

WIXもその選択肢の一つです。

いくつものパターン(ひな形)が用意されているので、一番気に入りのものを選び、そこに写真と文章を自分で加えて行きます。

基本は無料なのですが、やはりそれなりの仕上がりにするには有料オプションを選ぶ必要があります。

.com のドメインをこしらえ、それに付随したメールアドレスも必要。

なんだかんだで3万円ほどかかりました。でも1年分の費用ですから、格安です。

その WIXのホームページで2年ほど民宿をサポートしてきたのですが、SEO対策というのが昨今言われているので、このホームページを新たに作り上げたというわけです。

私もパソコンの知識は乏しいのですが、こんにちのようなインターネット時代の中で仕事を進めて行くには、「パソコン苦手~」ではすまされません。

少しずつ勉強をしていく必要がありますね!

ホームページはとても大事

旅行検索予約サイトに登録も不可欠

2016年12月21日に許認可が取れて、「農家民宿 オーベルジュ フジイフェルミエ」はスタートしました。

しかし、予約がまったく入ってきません。

いろいろ準備することがたくさんありましたから、それに農家民宿は余力での事業なので、焦ることもありません。

それにしてもうちの小さな農家民宿を見つけてもらわなければなりません。

そこで、旅行検索サイト日本No.1の楽天トラベルに登録をしてみよう、と思い立ったのです。

1月いっぱいかけて書類を整え、2月に楽天での掲載が許可されました。

すると、3月1日に、楽天経由でのお客様がいらっしゃいました。

記念すべき最初の一人目のお客様です。

最初のお客様を迎えるのは緊張。

この頃、まだ表札すら、亡父の名前のみでした。お客様はさぞかし見つけにくかったかもしれません。

連絡を受けていた時刻に現れたのは、東京から自転車に乗ってやってきた若者でした。

さて、ぽつんと一人旅のお客様を迎えた後また4月、5月と予約はありませんでした。

ゴールデンウィークなのになあ、と思いつつも、こればっかりは仕方がありません。

6月の上旬の或る日、東京からBooking.com(ブッキングドットコム)の営業の方が2名いらっしゃいました。
「こちらの農家民宿をうちの旅行検索予約サイトに登録させていただきたいんですが」との営業活動でした。

手数料は楽天の倍です。私自身、Booking.comの存在すら知りませんでしたが、予約が無いよりあった方がまし、くらいの感覚でしたので、二つ返事で登録をお願いしました。

するといきなりです。

予約がどんどん入るようになっていきました。

特に7月、8月は連日のように。さすがハイシーズン!そして、ブッキングの力!

2017年は実質6月からの開業に等しかったですが、わずか半年で192名のお客様がお越し下さったのです。

さすがBooking,com!

年が明けて2018年はさらにすごいことになりました。

1年で465名のお客様をお迎えしました。宿泊客だけでです。農業体験のお客様を含めると500名以上!

そして、最初は楽天やブッキングなど検索サイトを通じてご予約いただいたお客様の中から、「また泊りたい」というリピーターのお客様がぽつん、ぽつんと現れてきました。

ありがたいことです。

さらに、農業体験を本当に楽しまれるお客様も数を増やして行きました。

「農業体験をした我が子の目の輝き方が全然違うんです。家に帰ってきても、ふれあった山羊のことや自然の遊びの話題がずうっと出てます。今度はいつ行くの?と、もう次のファームステイの話で家族はとても盛り上がっています」と、絶賛してくださったご家族も生まれました。

こんなに喜んでもらえて、農家民宿を始めてよかったな、と痛感しています。

旅行検索予約サイトに登録も不可欠

脱衣所の洗面台が壊れた!~ 農家民宿対象の助成金はありがたい!

2017年の1月。

お風呂場の脱衣所に設置してある洗面台が壊れてしまいました。

ステンレス製の給水ダクトが割れて水が漏るのです。

朝起きたら漏れ出た水で脱衣所の床が水浸しです。

これではお客様が泊ったら不便します。

さっそく業者の友人に診てもらいました。

「フジイさん、これ、もう部品が無いんですよ。」

そうです。25年前の製品です。

しかも、洗面台に備え付けの蛍光灯照明のスイッチが接触不良なのでしょうか、勝手に点いたり消えたりを頻繁に繰り返します。

真夜中など、私が寝ている間も脱衣所だけ証明がパッパと点いたり消えたり。

「これは、見かけはまだとてもきれいですけど、もう取りかえるしかないですね」と。

そこで思いついたのが、「農家民宿対象の助成金」です。

農家民宿の建物内外を改善するために120万円の工事に対して3分の2を福井県と福井市が助成してくれるのです。

つまり40万円の自己負担で120万円の改修ができる!

さっそく、福井県に電話しました。

すると、「窓口は福井市の農政企画室になっていますので、そちらに問い合わせてください」とのこと。

福井市に電話をすると、
「もう、2017年度(4月始まり)の予算は決定してしまっています。今年の秋に2018年度の予算を決めて行きますから、そのときにまだご希望でしたら、見積書を整えて待機していてください」との回答です。

そうか、すぐには無理か、と、当面は漏水受けにバケツをあてがい、助成金をいただけるまで乗り切ろう、と決めました。

脱衣所の洗面台が壊れた!~ 農家民宿対象の助成金はありがたい!

ついに助成金がつきました!

2017年の秋10月、福井市役所から電話がかかってきました。
「農家民宿改修工事の予算予約リストにお宅が入れました。山羊放牧地の柵囲いの予算も併せてです」
ちょっと分かりにくいのですが、要するに、助成金を得るための予約リストに乗った、ということです。

初めてのことなのでどんな手順が待ち受けているのか皆目想像もつきません。
なので、市役所の仰せのままに書類を整えて行くことになります。
 早速出された課題は見積もり作成と農家民宿をこれからどのように経営展開していくかというレポート提出でした。
 こういう作業は得意です。A4版で4枚にびっしりと書きました。
村の地理的歴史的状況と現状、さらに未来の予想。それに対する私の取り組みのビジョン。
これを2017年12月に提出しました。
 明けて18年2月、市役所から連絡が。
「平成30年度、つまり4月からの新年度は山羊放牧地の柵囲い助成金が廃止になっちゃったんですよ」
「あらら」
私としてはちょっと目算が狂います。
「そこで、交流型ふれあい農園の整備助成金を、30万円と大分少ないですが、ご利用なされてはどうでしょう?」
私としてはそれでも十分にありがたいです。先ずは、農家民宿宿泊客や農業体験のお客様が山羊と触れ合う場になるし、耕作放棄田の雑草対策にもなりますから。
それで、民宿の脱衣所改修工事と農園柵囲い工事を2つを助成していただくべく、書類(とにかく書類、書類、書類です)をさらにまとめて出し、待つ事3カ月。
 5月に連絡が。
「フジイさん、今年度の助成金対象が決まりました。」
「え!?やったあ!」
「つきましては正式な申請書類を出していただきます」
「で、ほんとのほんとに正式決定されるのはいつですか?今後の流れも教えてください」と尋ねると、
「はい、7月上旬には県から正式な許諾回答があります。それを待ってもう一つ書類を出していただき、8月中にはその回答がありますので、それが通れば晴れて助成金執行となります。工事はその後始めてください。工事が終わりましたら工事終了の書類を出していただきます。その後助成金をお支払いします」

初夏を迎え、農家民宿もいよいよハイシーズンの夏の予約がどんどん入って来ます。
お客様にはまだまだ脱衣所の洗面台で不自由をおかけすることが続きます。
7月になり、市役所から、
「フジイさんのところの助成金、2件とも許可となりました。最終の書類を出してください」との連絡。次いで8月にそれの最終許可の連絡もいただき、工事着工です。

ついに助成金がつきました!

お風呂場脱衣所の助成金工事、無事終了です!

9月になりトップシーズンも去って、うちの農家民宿にもちょっとだけ静けさがやって来ました。
それでも今年は50年ぶりの福井国体が月末に開催されるとあって9月と10月の上旬には予約を一杯いただいています。
 工事の段取りを決めに業者さんが来宅。工事は2日で完了するというので、国体終了後の平日に決まりました。

10月18日は小雨混じりの朝でした。
最新の省エネ型エコキュート給湯器と洗面台、そして脱衣所でのヒートショック防止のためのエアコン取り付けがこの工事の全容です。

古い洗面台と給湯器を取り外します。
この日はここで作業終了。翌19日も早朝から続きの工事。午後3時過ぎ、ようやくすべての工事が終了して、脱衣所はきれいすっきり。
 総工費は私が全額立て替え払いし、その領収書をつけて作業終了書を市役所に提出です。
その後、助成金を受け取る口座の届書を出し、およそ3カ月後に無事助成金を拝受いたしました。

お客様はよほどじゃぶじゃぶとお湯を使わない限り、入浴中にお湯が切れるということはありません。
一度だけ、8人グループのお客様が数人ずつ湯船のお湯を取り替え張り替えしたら給湯器がからっぽになってしまったことがありました。
旅館やホテルではありえないですが、うちのような農家民宿ではそこのところが避けられません。
どうかお湯は大事にお使い下さいませ。
 
それでも脱衣所は快適に生まれ変わったと感じます。照明もLEDですし、エアコンも今どきの省エネタイプ。給湯器も、以前のものはお湯があろうがなかろうが夜になると再焚きスイッチが入ってましたが、新型はそういう無駄がありません。
電気代も3千円は安くなりました。地球にもやさしくなりました。

 残るは、ふれあい農園の柵囲い工事です。

お風呂場脱衣所の助成金工事、無事終了です!

県と市の農家民宿助成金を使って、ふれあい農園の柵囲い

農家民宿にお泊まりのお客様は大半が都会の方です。家畜を飼育している人は皆無。

ですから、山羊は珍しいんですね。

チェックアウトして出発するまでの時間、必ず山羊舎を覗いていかれます。

餌の草を与えたり、頭をなでたり。

おとなしい山羊達とのふれあいは癒されるのでしょうね。

さて、うちの山羊達も広い放牧場が必要です。

そのための柵囲いを、福井県と福井市の助成金を使ってまかなおうと申請。

無事許諾されて予算も付き、先週から工事が始まりました。

プロの業者がきれいに同じピッチで杭を打ち込んでくださいました。

フェンス取り付けは私が番線を使ってやっていきます。

県と市の農家民宿助成金を使って、ふれあい農園の柵囲い

農業体験プログラムを本格的に発売

JR西日本と福井市、福井商工会議所が共同制作した「ふくのね」プロジェクトというのがあります。

福井の観光をディープに掘り起こす「体験型旅行」のガイドブックです。

その中にうちの「農家民宿 オーベルジュ フジイフェルミエ」も選ばれました。

今年2019年は、それがさらに「じゃらん」のウェブサイトにも農業体験として取り上げられます。

「山羊の世話体験」「野草を摘んでのかき揚げ作り」「村で採れた清流米のコシヒカリと福井産自然の塩でおにぎり自作のランチ」「竹工作でマイ箸やスマホスピーカー等の手作り体験」!

これが1つのパックになった農業体験です。

4月にさっそく大阪からお客様がお見えになりました。

小学生の男の子は山羊がたいそう気に入った様子。犬の散歩の感覚で山羊をあちこち散歩させていただきました。

昔はどこの家でも日常生活にあった家畜たちですが、今はうちの農村でもなかなか見られません。

だから子供たちには情操上とても貴重です。

大人の皆さんも、竹で箸や酒器をこしらえたり、野草でかき揚げを作ったりの体験は夢中になります。

農業体験プログラムを本格的に発売

オーナーの独り言 Owner's Soliloquy

オーベルジュフジイフェルミエのオーナーである私(藤井省三)は、この小さな村で生まれ育ちました。
幼少年時代はそれこそ、この野山や海岸を駆け回りやんちゃし放題の悪ガキで、両親初め村人たちが私に相当手を焼いていたのは想像に難くありません。
村の大人達は基本的に皆仲良しで、お互いの子供を叱り可愛がりして育てていました。私は、そのおかげでグレずに(笑)何とか無事に今日まで辿り着けたのだと、今はもう他界した村人、まだかろうじて生き残っている彼らに感謝の言葉もありません。ありがとう~!
 18歳のとき、大学進学で上京。卒業後現地で就職し、私は東京杉並、調布、立川、千葉の我孫子、そして松戸と、都会暮らしを20年間経験しました。休みで帰省するたびに、故郷の美しさが目にも胸にも沁み、心がきゅうっと締め付けられるような切なさを感じては都会に戻った記憶があります。
私が38歳の時に両親がそろって大病をしたのを契機に、東京を去り、帰郷しました。
この田舎で果たして生きていけるのかと、経済的な不安はありましたが、「何とかなる。何とかする。なるようになる。」というのが私のモットー。明るくポジティブに今日まで突き進んで来ました。それには、帰郷して得た福井の多くの友人知人の支援や励ましがあったからこそです。本当に私は恵まれています。ありがとう!
 元々、物事へのこだわりがとても強い自分は、何をやるにも中途半端というのが大嫌いでした。知らなければ仕方がないのですが、知ってなおその知識を実行に移さないで平気でいる、というのは私の信条ではないのです。
そのこだわりの一つは、食の問題です。まともな食品や食材を探すのが非常に困難な時代になってきました。食に関わる人たちが、それを買って食べてくれる消費者の安全や健康をないがしろにして、自己の利益だけを確保している食品工業はその最たるものです。スーパーで売られている食品は、ほとんどが添加物を盛られています。流通過程でかびたり腐敗したりしては企業は困りますし、厚労省も、国民が食中毒になってはならないから、と親切に心配してくれて、添加物などで食品の流通過程のリスクを減らしているわけです。でもそれによって日本人の癌発症率は劇的に上がりました。工場製食品だけではありません。畜産業界も利益最優先産業です。餌代は大きなコストなので、家畜が餌をなるべく食べずに肥育するようにと、食肉家畜を運動させず飼養します。そうなると病気にかかりやすくなるので今度は抗生剤などの医薬品を餌に混ぜます。飼育日数を減らして成長させられるなら餌代などのコストが助かるので、短期で生育するように肥育ホルモン注射も打ちます。それらの薬剤は当然肉に蓄積されているので、最終的には食べる我々消費者がその薬毒を引きうけ、複合汚染という大変深刻な病気を発症してしまうのですね。
また、たまの楽しみにと外食すると、店は選べますがそこの食材までは選べない。高いお金を払って不満足な食事にがっかりするくらいなら、自分で納得のいく食材を買って来て自分で調理したほうがはるかに美味しいし健康にもいい。そう思っていたら、いつのまにか料理人になってしまっていた私です(笑)。
 さらなるこだわりは、生き方、人生観です。
 人それぞれいろいろな考え方がありますから、そんな視点で寛大に見ていただきたいのですけれども、私は魂の輪廻転生を信じる一人です。つまり、この短い人生80年は、私が自身の魂磨きをするために在るのだと思っています。この私の人生の課題、それは何か。人によってその課題は皆違うのですが、私はその課題にしっかりと向き合って残りの人生を生き抜きたいと思っています。
 それは愛であり、寛容の心であり、許すことであり、誠実さであり。達成に程遠いテーマもたくさんあります。肉体があるために学習はなかなか遅々として進まないことも多々あります。それでも、この人生で宿題を全部やり遂げられたら、自分の魂のダイヤモンドはもっと光り輝くでしょうか。
 きれいな景色の見えるベンチに私は座って、持参したポットからコーヒーをマグに注ぎすすりながら独り言をつぶやいています。その声は小さくないので、ベンチの端に座っているあなたの耳にまで届いてしまっています。
 聞いて笑ってください。聞き苦しかったら立ち去ってくださいね。
そんな私の独り言。

オーナーの独り言 Owner's Soliloquy

老夫婦の結婚とは

いつも、ヤギの世話や布団干しなど自宅でできる仕事でぷらぷらしているので、

「あんたはええなあ。能天気で。心配事なんてねえんやろ?」

とからかい混じりに聞かれます。

でも、そんなことはありません。

年老いて、老いさらばえて、体も心も思い通りに動かなくなったとき、さあどうする?といった心配の芽が徐々に膨らんできています。

若い人たちもご両親の問題として、さらに早死さえしなければいつかは間違いなく訪れる厄介な自身の問題です。

それは、結婚、という問題です。

20代、30代で幸せ一杯の結婚生活を送っていても、それが50代、60代になって幸せのままという保証は何もありません。

婚姻関係存続の危機となる深刻な問題が熟年になってにわかに発生することは、古今東西の多くの夫婦が証明してくれています。

結婚というのは大事なのです。

そもそも結婚とは何か。

幸せをつかむため。愛を育むため。

いろいろあるでしょう。

が、実は、誤解を恐れずに言いますと、幸せになるためにしているのではありません。

夫婦という最小の社会組織を通じた「リスクヘッジ」であり、安全保障の仕組みなのです。

分かりやすく言いますと、病気や失業、思いがけない事態におちいったときに、1人では一気に生活の危機に追い詰められますが、2人なら何とか生き延びられる。

お互いがサポートできる。

それが結婚の第一の意味です。

この意味は夫婦が70代に突入するとにわかにリアリティを帯びてきます。

 かつての日本の地域社会は、住民同士の連携や血縁集団が確立していて、その中で夫婦という単位がしっかりと機能していました。

普段は多少は不満の多い夫婦でも、夫が親族のややこしい話を丸く収めたり、妻が地域のもめ事で絶妙な差配をしたり、夫婦がチームとして成熟していく機会がありました。

そうやって、異性愛とは別のレベルに「バディ( body)=仲間、同士、あるいは人生を戦う戦友」としての信頼感が育まれたのです。

 今の私達50代、60代が不幸なのは、地域や血縁システムが崩れ、夫婦単位で行動して、「バディ」の見識や力量を目の当たりにする機会がほとんどなくなってしまったことです。

それでも、自営業の夫婦でしたら、「連れ合いがいてくれて助かる」という実感が日々得られるでしょうけれど、勤めに出ていると、配偶者は支援者というよりはむしろしばしば「自己実現の妨害者」として登場してきます。

職場で頑張って生活費を稼いでいる夫の姿を妻は見ることがほとんどなく、夫も妻が子育てや親同士の付き合いや実家・近所付き合いのごたごたを切り盛りしている姿を見ることがないので、お互いをしみじみ頼りになるパートナーだなと感じることが日常生活のなかではなかなか経験できづらいのですね。

老夫婦の結婚とは

大好きなコットンのシャツが地球を汚染している

自分が日々消費するお金が自分の知らないどこかで、誰かの不幸や苦しみに加担しているとしたら。

そんな消費は止めるべきではないのか。

最近、そんなことを感じている。

たとえば、綿のシャツ。

ジーンズ。

コットンのタオル。

私はコットンという繊維が大好きだ。

敏感肌の私にとって、木綿の優しい肌触りへの喜びは、他の繊維の比ではない。

しかし、その原料となる綿花について、深く知る人は案外少ない。

かつてアメリカでは綿花栽培農園で、多くのアフリカ人奴隷が使われた。

アメリカの血塗られた暗黒の歴史。

アメリカの恥部である。

これはある程度知られている。

1960年代になり農薬が発明されるとそれらの奴隷は不要になったが、今度は農薬による土壌と地下水の汚染が深刻な問題になった。

最近では、自然環境中に分解されやすく、特定の生物のみに特化した農薬、天然成分を利用した農薬などがあり、以前より安全性は高いと言われている。

しかし、綿花栽培の場合、主に除草剤・殺虫剤・枯葉剤には、塩素化合物・有機リン酸・ピレスロイトなどが使用されており、それらは、大地に残留し河川や海の水中の生き物や動植物・人間にも環境ホルモンとなり害を与えている。

3年綿花を栽培した土壌は向こう100年は他の作物が作れないほどに土壌は汚れ果ててしまうのだ。

この綿花栽培における土壌汚染を知る人は少ない。

現在、綿花栽培はインド、中国、アフリカなどの国々に移っている。

発展途上国だから人件費が安いと、我々は喜んで、たとえばユニクロの綿製品を買ったりするのだが、実は、その人件費の安さが、児童労働によって支えられているということはあまり報道されない。

現代の奴隷制度とも言われる児童労働。

農薬の撒かれた綿花畑を素足で歩きながら、粗末な食事で一日十数時間も酷使される子供たち。

それに支払われる報酬の低さは絶句ものである。

自分が店で買うコットンのシャツが、そんな世界から産み出されているものだとしたら?

自分も地球環境の汚染の片棒を担いでいることになっている。

大好きなコットンのシャツが地球を汚染している

今をしっかり生きるしかないんだよな

「ベトナムの仏教の僧侶であり詩人でもあるティク・ナット・ハンは、一服の茶の楽しみ方について書いている。
 
 お茶を楽しむためには、人は完全に、今と言う時に目覚めていなければならない。
 今と言う瞬間を意識している時にのみ、手は茶わんの快い温かさを感じる事ができる。
 今という瞬間のみに、香りを楽しみ、甘さを味わい、繊細さを感じとることができる。
 過去のことを思いわずらっていたり、将来のことを心配していたりすると、一杯のお茶を楽しむという体験をうしなってしまうだろう。
 茶わんを見下ろすと、もうお茶はなくなっているのだ。

人生もまったくこれと同じである。

今と言う時に完全に心を向けていないならば、まわりを見回してみるともうそれはどこかへ行ってしまっているのだ。

人生の感触、香り、繊細さ、美などをすべて見過ごしてしまう。

人生はただ、あなたの目の前をあっという間に通り過ぎてしまうだろう。

過去はすでに終わっている。

そこから学ぶことを学び、手放せばいいのだ。

未来はまだここにない。

未来に対する計画を立てるのはよい。

でもそのことを心配して時間をむだにしてはいけない。

心配は必要ないことなのだ。

すでに起こってしまっていることを気に病むのをやめ、起こらないかもしれないことを心配するのをやめた時、あなたは今という瞬間にいることができるのだ。

その時、あなたは人生の喜びを十分に体験し始めるだろう。」
『魂の伴侶』ブライアン・ワイス著より引用

今をしっかり生きるしかないんだよな

独りであることを楽しむんだな

「選んだ孤独は良い孤独」とは、フランスのことわざ。

周囲の人々から見捨てられていると感じることと、世評を気にせず自己の内に深く沈潜することは全く違う。

村の人々と一緒に暮らしながら、ひっそりとした一人の時間を大事にする生き方、つまり、「市隠(しいん)」に私は強く惹かれている。

独りであることを楽しむんだな

ゴキちゃんの集団自殺?

ゴキブリの集団自殺!?

日本は世界有数の自殺大国である。

減ったとはいえ、それでも毎年3万人もの人たちが自らの命を絶っている。

これについてリサーチした専門家によると、人生において経験した人間のカルマがDNAに書き込まれ、それが延々と子孫代々にまで受け継がれることが遠因しているのだという。

どういうことか?

平安末期から鎌倉時代にかけて幾たびもの戦乱に日本は焦土と化し、それに地震や飢饉の自然災害も重なって、人々の日々の暮らしの苦難は地獄に等しかった。

しかし、その一方で貴族や僧侶たちは農民たちから毎日の食糧すらも年貢で巻き上げ裕福な暮らしを続けていたのだ。

権力者たちは、農民を生かさず殺さずで家畜化して統治していた。

圧政である。

階級制度の最下層の農民達は、自由はもちろん思考力すら奪われ、最後の一粒の米も奪われて餓死して行く。

そこに政権側から僧侶たちが送り込まれる。

宗教というのは、どの時代にあっても(もちろん現代も)、政治とグルになっている。

神は政治に利用されている。

これは今も昔も変わらない(もちろん、素晴らしい宗教家や政治家もおられることは承知しているが)。

「苦しいのお。しかし、南無阿弥陀仏を唱えれば死後はみな極楽浄土に阿弥陀仏が連れて行ってくれるのじゃ。みなのもの、南無阿弥陀仏を唱えよ」

これを真に受けた衆生たちは、現実のあまりの苦しさに南無阿弥陀仏を唱えながら自殺していった。

その凄惨な地獄絵は子供や孫の潜在意識に深く沈みこむ。

日本人というのは、だから、歴史上、根本的に自殺を是とする国民なのだというのだ。

 アメリカ人は基本的にヨーロッパからの移民であり、先住民のネイティブアメリカン(通称、インディアン)を殺し迫害し彼らの住む土地を奪ってきた「強奪者」であるから、日本人のように世をはかなんで自死するなどという価値観はない。

さて、本題に戻る。

ゴキブリは餌があるのを嗅ぎつけて外から家の中に侵入してくる。餌が無くなれば消えうせる。

しかし、私の家の、餌などまったくない場所に、なぜ4匹の大きなゴキブリが死んでいたのか。

なぜ、餌があるところへと去らなかったのか?

彼らも、日本のゴキだけに、世をはかなんで自殺したのか?

ゴキちゃんの集団自殺?

コンクリートが人間を狂わせるんだと

船瀬俊介氏のレポートの引用です。

<9年も早死にする団地・マンション族>

「島根大学総合理工学部の中尾哲也教授がまとめた論文は衝撃的だった。

団地やマンションなどコンクリート集合住宅に住む人と、木造に暮らす人の平均死亡年齢を比較すると、団地・マンション族の方が9年も早死にしていたのだ。(調査件数:木造270件、コンクリート集合住宅62件)
さらに全国調査でも「木造率が高いほど平均寿命が高い」ことが立証された。

さらにショッキングな報告もある。
静岡大学と東京大学の農学部が合同で「コンクリート」「金属」「木」の3種類の巣箱を使い、ネズミの赤ちゃんの生存率を調べた。

すると、コンクリ巣箱ではばたばたと93%が死んでしまい、生存率はわずか7%だったのだ。
(一方、)金属巣箱(の生存率)は41%、木造は85%。

もちろん、湿度、温度、敷き藁、餌は同じで、違うのは巣箱の素材だけなのに、コンクリと木製では生存率に12倍もの開きが出た。

そしてコンクリ巣箱で生き残ったネズミも体重や生殖器重量は一番少なく、虚弱だった。

また、研究者が体温測定するため巣箱に指を入れると、木製巣箱では指にすり寄って来るのに、コンクリ巣箱のネズミはいきなり噛みついた。

さらにコンクリ巣箱で生き残ったメスは妊娠して子供を産むと、我が子をかみ殺して食べてしまった。」

現代の猟奇的事件と、もてはやされるマンション居住。何かダブって見えてくる。

コンクリートが人間を狂わせるんだと

騙されても幸せ

ある男が美しい妻と仲睦まじく幸福に暮らしていた。

ところが或る日山道を二人が歩いていると、突然現れた犬に脅かされて妻が狐の正体を現してしまう。

狐に騙されていたと知って、男は驚く。

しかし騙されていたとき男は幸福だった。

それを思い出し、それが忘れられず、男は狐にもう一度化けてくれと頼み、狐は応じた。

 もう一度化けた狐の妻と男はそれから生涯幸せに暮らしたとさ。

騙されても幸せ

合わない靴は勇気を出して脱ぎ捨てるしかないよな

あなたは今靴に足を通そうとしています。

それはどんな靴ですか?

ブランドの高級靴?

スニーカー?

サンダル?

どんな色?

形は?

きれいに磨かれてる?

薄汚れてる?

擦り切れてる?

お手入れは?

その靴はあなたの人格を、人生観を反映した靴ですか?

どんなに高級で立派な靴でも、どんなに素敵なデザインの靴でも、足に合わなければ、足が痛い靴ならば、それはあなたが履くべきではない靴。

脱ぎ捨てたくなります。

また、そうしなければならない。

でも多くの人が足に合わない靴を、痛さや窮屈さを我慢して履いて歩いてる。

靴とは、仕事だったり、住んでいる土地だったり、ひょっとしてパートナーだったり。

靴はあなたの人生そのもの。

合わない靴は勇気を出して脱ぎ捨てるしかないよな

きょういくときょうよう

自分一人の力で生きて来られたはずもない。

ここまで来るのに何千、いや、ひょっとしたら何万という人のお世話になった。

今つまんでいるブロッコリーだって、これを丹精込めて育てた人があるからこその恵みだ。

自分の楽しみだけに時間を使うのはもうお終(しま)い。

これからは他の誰かのために微力を尽くしてご恩返しをしたいものだ。

そのためには、健康と元気!

『100歳になっても脳を元気に動かす習慣術』(多湖輝)

それは、「キョウイク」と「キョウヨウ」。

教育と教養、ではない。

「今日行く(ところがある)」!

「今日用(がある)」!

自分を求めている人と、ことと、場所を見つけたいなあ!

きょういくときょうよう

独り言を書きとめるのも日記なんだなあ

2007年辺りからSNS上に日々のあれこれを書きだしたのですが、これは私にとっては備忘録であり日記帳でした。

ヒトの目に触れても差し支えない記事しか上げてはいませんが、それでも、私の暮らしぶりや、折に触れての自分の考え方がそこにはしっかりと残されていました。

それ以前の数十年間は、大学ノートにモンブランの万年筆で日記をつけていた私ですが、SNS日記になると書き間違いを修正液や横線で消したりの作業が無くなり、写真や動画も添えて残せるわけで、書いたその時の記憶を鮮明に呼び起こすという意味で、画期的に感じられたのです。

この10余年間に私の生活は大きく変化しました。

両親の他界、農家民宿の開業、山羊の飼育開始、バイリンガル幼稚園の閉校。


実生活が仕事に忙殺されているので、ここでのお友だちとの意思疏通は私にとってのオアシスそのものなのです。

SNS友達は初めはバーチャルな存在でも、オフ会等を通じてお目にかかり交流できるようになるとリアルな友達へと深まって行く可能性があります。

SNS日記なかりせばまず知り合い出会うことはあり得なかった多くの皆さん。

それもこれもコンピューターの発達が叶えた新境地かと思うと、子供の頃に「鉄腕アトム」を見ながら思い描いた21世紀に今居るという素晴らしい現実に感謝しないわけにはいきません。

「空いたスペースは新しいもので埋まる」
という宇宙の真理からすると、今の私の空白部分にはどんな素敵なものが入ってくるんやろか?

独り言を書きとめるのも日記なんだなあ

旅人の保護、hospes

その昔。西欧のとある国。

聖地巡礼の旅人が、その土地の領主の館に寄り、滞在を願い出た。

領主は喜んで招き入れ、熱い風呂と美味しい料理、温かいベッドで旅人をもてなした。

旅人は薬草の治療家だったので、もてなしの礼にとその持てる知識をすべて領主に与えた。

館で英気を養った旅人は再び旅路に戻って行った。

領主は得た薬草の知識で領地の村人を治療し助けたという。

「旅人の保護」、という意味のhospes。それを語源とした、ホスピタリティ、ホスピタル、ホテル。

私の館。旅人の保護ともてなしと癒しと。

旅人の保護、hospes

山羊らぶらぶ日記 Goats Love Love Diary

シュネーとアトリの兄弟山羊。ユキとカルディーの母と息子山羊。
まだ2歳半ほどの、とても若い山羊達です。
シュネーとカルディーは男の子同士でやんちゃの盛り。だから、けんかもします。
シュネーはとても利発。好奇心はこの4頭の中で一番旺盛。
アトリはシャイですが食べ物になるとすごいエネルギーを発揮します。
ユキは優しい女の子。寂しがり屋です。
カルディーはお母さんべったりの甘えん坊。でも優しい良い子です。
もうちょっと大人になったらおとなしくなるでしょうか?
彼らの楽しい生活をご覧ください

山羊らぶらぶ日記 Goats Love Love Diary

レンタル山羊が帰ってきます

来週、よその牧場に預けてある山羊の親子が帰ってくる。

今こっちにいる兄弟山羊2頭とは半年ぶりの再会だ。

山羊の群れの必然として、序列確認闘争というのがある。

頭突きバトルで、序列を決めるのだ。

再確認としてまたそれが始まるのだろう。

日向ぼっこの場所、餌場の位置などが、この序列という掟によって決まる。

動物の世界も厳しいもんだ。

レンタル山羊が帰ってきます

2019-06-30 山羊飼育の頭数に保健所から「待った!」が!~Healthcare Center called a temporary halt about the number of Goats

昨年11月に追加の2頭の山羊が畜産試験所から譲渡されてきて4頭になった我が家の山羊小屋。

ところが、先日福井保健所が農家民宿の立ち入りの際に、びっくりの指摘が!

家畜やペットとしての目的を問わず、山羊を4頭以上飼育する場合は、給水設備、排泄物処理設備など環境に配慮した施設をしっかり設ける義務がある、というのです。

3頭以下ならそれはありません。

うちの場合、1頭余計なのです。

昨年私が手仕事で建てた山羊小屋にはそんな設備は当然ありません。そうかといって、それらの設備を業者に頼んだら相当な金額になるでしょう。
今、そんな余裕はないし。。

さらに追い打ちをかけるように、保健所の役人は冷酷に私に告げました。

「お宅は、山羊をお客さんたちに対してふれあい体験のようにしておられますね」
「は、はい。それが何か?」

山羊を家畜としてだけでなく、ふれあいなどのように第三者が触ったり餌を与えたりする行為は、動物園などと同じく「展示」の範疇(はんちゅう)に入るのだとか。

そうなってくると話は別!

有償、無償を問わず、3頭以上「展示」目的で飼育する場合、「動物取扱責任者」の二種資格を取らなければならないのです。

一番簡単に取得できると言われる「愛玩動物飼養管理士」2級でも、取得は1年がかり。

こちらですと金沢まで一日がかりで講習受講に出かけ、再度受験にも行く必要があるのです。

おいおいこれも取らなければならないのでしょうね。

ということは、現実問題として、2頭までしか、うちでは飼えないという結論に!

やむを得ず、泣く泣く「ユキ」と「カルディ」の親子を手放すことにしました。

それにしても!

行政というのは、こういう重要な法律をどうして共有してないんだろね?

最初から分かっていれば、譲渡を受けたりしなかったのに。

準備が整ってから受けたのに。ぶつぶつぶつぶつ。。。。

2019-06-30 山羊飼育の頭数に保健所から「待った!」が!~Healthcare Center called a temporary halt about the number of Goats

2019-5-19 山羊の餌箱を自作しました ~ Made a Feed Box for the Goats

山羊の放牧場に草が少ないため、他の田んぼから草を刈り取ってきて与えるのですが、ヤギ達は地面に落ちた草は食べません。

フードロスを少なくしようと、餌箱を作ることにしました。

材料は、大工さんからもらった廃材❗

我ながら、なかなかの出来映えです!

2019-5-19 山羊の餌箱を自作しました ~ Made a Feed Box for the Goats

2019-4-12 第二放牧場にシェルターを作りました Made a Shelter in the 2nd Pasture

先週末にもらってきた廃棄パレットで、第二放牧場に雨除け日除けのシェルターをこしらえました。

「パパ、今日は何作ってくれるの~?」
と、ユキが私にまとわりついて来ます。

私がそばにいると、シュネーがいたずらしてこないのをユキは知っているので、彼女は私のそばから離れません。

1時間ほどで作業は終了。

こっちには草がいっぱいあります。

第一放牧場に草がある程度生えてくるまでしばらくこっちで過ごさせます。

「新しいお家、気持ちいいわ❗でも、食べれないわ❗」 by ユキ

2019-4-12 第二放牧場にシェルターを作りました Made a Shelter in the 2nd Pasture

2019-3-15 山羊達の放牧場、柵囲いが完成です!~Goats' Pasture. Its Fence Completed!

冬中かかった放牧場の整備。

昨年11月開始のシェルター作りから始まって、ようやく柵囲いが終わりました。

まだ肌寒い今日(3-15)ですが、ヤギ達を放ちました。

元々山羊は寒さには強いのです。

枯れ草の間に芽を出しているカラスノエンドウをせっせと食べています。

そのうち、食べきれないほどの草が茂りだします。

山羊が食べ尽くすのが速いか、草の成長が速いか。

競争です!

2019-3-15 山羊達の放牧場、柵囲いが完成です!~Goats' Pasture. Its Fence Completed!

2019-3-2 放牧場の柵囲い 杭打ちが終了 Making Fence for the Goats Pasture Piling Finished

福井県と福井市が助成してくださる「ふれあい交流農園」整備事業。

農園の柵囲い工事が昨日(3-1)から始まりました。

プロの業者の方が杭を打ってくれました。

さすが、1200mmぴったりの高さです。

網の設置がとてもきれいにスムーズに行くと思います。

日除けシェルターもできていますから、ここで山羊達は快適に暮らせるでしょう

2019-3-2 放牧場の柵囲い 杭打ちが終了 Making Fence for the Goats Pasture Piling Finished

2019-2-18 自前の循環農法が始まりました~山羊糞排出作業です

A recycle-based cattle farming method by myself has just begun!
一冬が過ぎようとしている山羊小屋、小屋掃除で前庭に掃き出した糞が臭いだす前に排出作業です。

可愛い山羊たちですが、こういう裏方の「家畜を飼育する」という作業をしていると、自分が「農夫」であることが今更ながら自覚されますね。

一輪車で12杯掻き出したところで、今日の作業は終了。

もう2、3回やる必要があるでしょう。すごい量です。

下の層は完全にたい肥になっています。

自然の雑草だけを食べた山羊糞はバクテリアによって分解され、その堆肥が庭の果樹園に植わっている果樹の肥料になります。

その果樹の、たとえば渋柿で干し柿にできなかった傷柿や葉はまたヤギの餌に。

それがまた堆肥に。

ついに自前の循環農法が始まりました!

2019-2-18  自前の循環農法が始まりました~山羊糞排出作業です

2019-2-17 日除けシェルターが完成! Completed the shelter for my goats to avoid rain and summer sunshine

昨年12月から取りかかった日除けシェルターが今日ようやく完成!

真冬の福井は雨雪の天気が続くので晴れ間を見つけての作業はなかなかはかどりません。

でも今年は暖冬で雪もなく、順調に作業は進みました。

耕作放棄田のススキが屋根ふきの好材料に。

材料代としてお金を使ったのは黒のしゅろ縄と草刈り鎌、合計1000円。

ススキは山羊達が大好きなので、日除けしながら裏側のススキを食べちゃうかもしれません

2019-2-17 日除けシェルターが完成! Completed the shelter for my goats to avoid rain and summer sunshine

2019-1-11 真冬の緑の草、意外にあるんですね

真冬なのに、緑は結構あるものなんですね。

山羊の餌のことです。

雨降りなど悪天候の日は、春夏に取り込んだ干し草を与えてるんですが、今日みたいな好天の日は外に連れ出して道端や休耕田の草を食べさせます。

真冬には雑草は枯れ果てる、とはならないんですね。

山羊を通じていろいろと学ばせられます

2019-1-11 真冬の緑の草、意外にあるんですね

2019-1-7 新しい散歩道

新年も明け、お正月のお客様が昨日まで混み合っていた事、天気が悪かった事も重なって、ヤギ達は野外に出る事ができませんでした。
今日7日は久方ぶりの晴れ。
山羊達を新しい散歩道へと連れ出しました。
彼らはとても平衡感覚に優れた動物です。急峻な崖などものともしません。
山の斜面に放つとわずかに生えた青草を探して黙々と食べていました。
春が待ち遠しいです

2019-1-7 新しい散歩道

2018-12-21 ロープで繋いで放牧しました Roped My Goats to the piles

今日の福井は、素晴らしい快晴❗
冬にこんな天気は何日もありません。

山羊たちは外に出たくて朝から大変な興奮状態です。

なるべく長い時間、草を食べさせたいので、休耕田に鉄杭を打ちロープで繋ぎました。

若い山羊たちはこれで思いっきり草を食べられます

2018-12-21  ロープで繋いで放牧しました Roped My Goats to the piles

2018-11-28 Nov. 新たに山羊の母子がやって来ました Had 2 new comers - Mother and son

草食動物は群れで生きるものです。

弱い草食動物は外敵の肉食動物から群れを守らなければなりません。

そのためには強いリーダーが必要となります。

家畜化された山羊ですが今でも野生時代のDNAを持っていて、集団になると誰がリーダーになるかを決するために頭突きの決闘が始まるのです。

わがオーベルジュのシュネーとアトリの住まいに、新参のユキとカルディーがいきなり入り込んできたのですから、シュネーとアトリは心穏やかではありません。

さっそく、シュネーがカルディーと決闘で頭突きバトルをやらかしたのですが、角の根本に血がにじむ事態に。

シュネーはカルディーを追い回してしつこく頭突き攻撃を繰り返すのできつく叱ってリードで縛ったら、すねてふて寝。山羊なのにたぬき寝入りです(笑)!

実際の年齢も1歳半。人間でいえば小学5年生くらいですから、まだまだ子供ですね。

獣医を呼ぶ羽目になっちゃ私の財布が大変なので、今日小屋に間仕切りと内扉を付ました。

しばらく慣れるまで仕方ないですね。

アトリはユキに関心がありそうです。が、悲しいかな、去勢の身なのね。

2018-11-28   Nov. 新たに山羊の母子がやって来ました Had 2 new comers - Mother and son

2018-9-1 冬季の山羊の餌活、さつまいもの茎 Stems of Sweet Potatoes for My Goats to Eat in Winter

愛山羊の餌活。

冬場には緑の雑草が絶えてしまい、山羊たちの毎度の餌に事欠きます。

よって、今から冬の餌を準備しなければなりません。

山羊飼育で初めての冬を迎えるため、山羊2頭がどれくらいの干し草を毎日食べるのか見当が付きません。

余ったら春になっても食べさせれば良いのですが、もし冬のまっただ中に底を突いたら大変です。

高価な輸入牧草キューブ(というのが売っているんです)を買い与える余裕はありません。

 もうすでに、春の野草の干し草、乾燥蕎麦茎は蓄えてあり、結構量は確保してあるつもりですが、念には念を入れて準備です。

今日(9-1)、さつまいものつるを軽トラ一杯もらってきました。

Dさんに紹介していただいた、あわらのさつまいも農家です。

美味な「あわら富津金時」のツル。

かつて、戦国時代には野戦食として、このさつまいものツルが兵士たちの空腹を満たしました。

またお城には、兵糧攻めに備えて藁の代わりにさつまいもの茎を土に混ぜて土壁に塗り込んだと言われます。

それくらい、さつまいものツルは栄養満点。

戦時中も食料が不足した時はサツマイモのツルが食べられたのですね。

帰宅して、山羊達に少し与えたら、ガフガフ言って食い付いてきました。

2018-9-1 冬季の山羊の餌活、さつまいもの茎 Stems of Sweet Potatoes for My Goats to Eat in Winter

2018-8-19 放牧地の柵囲い

放牧地の柵囲いの予算が通ったと福井市から連絡があった。

福井県と福井市が合同で、ふれあい農場「オハナ・ファーム」に助成してくれるのだ。

と言っても額は小さい。

しかし、集落消滅阻止の布石となる一歩である。

千里の旅も一歩から。

今年は山羊飼育のノウハウを勉強するためにまずは2頭を飼い始めた。

来年から毎年2、3頭ずつ増やして行き、10頭ほどに増やす。

それを5頭の2チームに分けて、これらの耕作放棄田を1枚ずつ順々に放牧地に変えて柵囲いし、ヤギ達に雑草をお腹いっぱい食べてもらう、というのが私の大まかな構想だ。

雑草が大好物の山羊達だが、ススキやセイタカアワダチソウは年を越すと茎が木の枝のように固くなり、山羊にはまさに歯が立たない。

そこで来年のために、このような草刈り機で硬い茎を刈っておくのである。

村の周囲の荒れ田が美しい放牧地になるのには10年はかかるだろうが、それでも10年後、たくさんの旅行客の皆さんがこの村のファームで心癒されるひとときを楽しんでいる光景ははっきりと見える。

2018-8-19  放牧地の柵囲い

2018-6月 放し飼いの練習開始 Started to practice pasturing Goats

2頭のヤギ達、放し飼いの練習開始です。

リードで引かれるのをひどく嫌がるのです。

小さいシバ山羊ですが、4本脚で踏ん張られると全然動きません。

あまりに苦しそうなのでもう無理に引かず、この1週間はずっと小屋と付属の運動場で過ごしていました。

私の造った柵に抜け穴があったようで、月曜日にはシュネーが脱走。

夜帰宅してみると玄関先に白い影が。何かと思えばシュネーじゃありませんか!
びっくりしたのは私の方です。

シュネーも抜け出したはいいけど戻り方が分からず、大好きなアトリのところに戻るに戻れず庭をうろうろしていたらしいのです。

「しょうちゃん(いくつになっても私は近所のおばあちゃんたちにそう呼ばれます)、山羊のしつけ上手やの~。庭から1歩も出て来んざ」

いやはや、まだ慣れてないから臆病なシュネーがたまたまそこにいただけで(汗)。

この2頭のミッションは村の耕作放棄地の雑草を食べること。

でもそこまで連れ出すのに一苦労の7日間でした。

図体の大きなアトリは引っ張るのが大変。

そうかと言ってシュネーだけ連れて行くと、シュネーもアトリも絶叫して呼び合うのです。

そこでひらめいたアイデア!

シュネーにリードを付けて引いて行くとアトリはおとなしく付いて来るのです。

無事柿の木林まで連れ出すのに成功。

シュネーだけつないで草を思いっきり食べさせました。

アトリは大好物のセイタカアワダチソウをお腹一杯食べました。
「アトリばっかりずるいよ~」とごねるシュネーでしたが、およそ3時間の放し飼いは、彼らも気に入ったようです。

私も連れ出し方が分かりました。

放牧地の柵囲いが済むまでこのスタイルで草を食べてもらいます。

2018-6月 放し飼いの練習開始 Started to practice pasturing Goats

2018-6月 June 山羊がやって来た! Goats have come!

ついに山羊がやって来た。

村の幼馴染の軽トラを頼んで山羊を受け取りに三国まで。

排尿するかも、と言ったら、「え~~?やっぱ、やだな~車出すの」というので、「ビニールシート敷くから。それにこれは限界集落を救うミッションでもあるんだから」と口説いて出発である。

私の軽トラが車検切れしてて出せないのだ。

山羊牧場は、耕作放棄地の雑草対策という不純な動機からだったが、いざやってきた山羊を見ると、なかなか愛くるしいではないか。

雑草以外特に餌として与える必要が無い、まことにエコな動物である。

あれ欲しい、これ欲しいと言わない。

登録も予防接種も義務がない。

私向きのペットである!

白い方が「シュネー」。ドイツ語で「雪」という意味だ。

「アルプスの少女ハイジ」のアニメ版ではドイツ語訳でそのまんま「ゆき」だった。

茶色がかった大きい方がアトリ。これもハイジに出て来る山羊。

山羊の目は猫と同じで明るい昼間は瞳が細いが夜にはまん丸のまっ黒。

つぶらな瞳になる。

連れて来られたばかりの初日はさすがにビビっていた。

「誰やの、このおっさん?知らんし。それに、ここどこや?」(なぜか大阪弁でしゃべる山羊達!)

夕暮れ時、「うえ~ん、うえ~ん」と大声で泣く子供の声がする。

誰やろ、と思って窓を開けて耳をそばだててみればうちの山羊だ。

子供とそっくりの泣き方をする。

仲間からいきなり離れてホームシックになっている。

うす暗い山羊小屋に入り、20分ほど撫でてやったら落ち着いたようだ。

2018-6月 June 山羊がやって来た! Goats have come!

2017-9月 Sep. そうだ、山羊牧場を作ろう! Yes, I'll build a goat farm!

両親が他界して、遺された広大な田畑や山林。
コメ作りなんて到底無理で、野菜作りだってカラスと虫の餌食になる。
ひのき林の枝打ちも間伐も手が回らない。
そして自宅と庭屋敷。
屋敷の草取りさえままならぬ。
休耕田といえば聞こえが良いが、要は稲作の知識と経験、さらに農機具も無いから体のいい耕作放棄田である。
一方、雑草は遠慮なくどんどん生える。
父が逝った2014年の夏は、「雑草などに負けてたまるか」と、しゃかりきになって草抜きをした。
真夏の雑草と闘ってはいけない。あいつらのパワーはすごすぎる。
1ヶ月でも放っておこうものなら、ススキやセイタカアワダチソウは私をあざ笑うかのように私の背丈を越えているのだ。
その7,8月の炎天下、汗を拭きふき草刈りをしつつ思った。
「このままこれを続けていたら、いつかそのうち、熱中症か脳梗塞かで命取られるな」
実際父は8月の炎暑に草刈りをして熱中症に倒れ、脳梗塞を発症してその3年後他界したのだ。

さらに、伸び放題の雑草はイノシシの身を隠す隠れ蓑となっている。夏場などはそのままイノシシの巣になって、彼らは村のすぐそばで一日をゆったりと過ごし、夜闇にまぎれては畑の作物をむさぼったり、土手のみみずを食べるために掘り返して、土手が崩れていく。村人はお手上げである。

今、全国で除草に効果を上げている「山羊(やぎ)」。
実は我が家でも私が子供の頃は山羊を飼っていたのだった。
我が家の休耕田は、300~500㎡ほどの田が5枚ある。
そうだ、山羊を飼おう。そして山羊に雑草を食べてもらおう。

広い雑草だらけの田圃に2,3週毎のローテーションで山羊を放牧し、雑草を餌にする。
そうすれば真夏の田圃の雑草刈りから私は救われる。
村人たちも思いは同じだ。
だから、村の周囲を取り囲んでいる耕作放棄田を全部柵囲いし山羊を放てば、雑草が無くなり、村の景観保全になり、イノシシ対策にもなる。
 山羊の牧場を作ろう。
1頭や2頭ではどうしようもないから、いずれは10頭近くの山羊を飼うことになるだろう。

まずは、山羊小屋を建てること。
プロに頼んだら簡単なのだが、お金が何十万円もかかる。そんな余裕は無い。
ならば自分で建てるしか無い。
では、どうやって素人が建てられるか。
あれこれ調べたら、外国ではパレット工法がとても盛んなのだということを知った。
面工法なので強度もある。
仮に倒れたところで中の山羊が死ぬほどのことも無かろう。
もちろんそうならないように基礎作りから強度出しまで慎重にするつもりだ。
まずは近所の工場で廃棄パレットを持っているところを訪問し、それを譲ってもらうことから開始。

タダで嬉しい反面、サイズは大きさ、厚さともバラバラである。
これをどうやって山羊が心地よく住める小屋に仕立てるかが、智恵の絞りどころだ。

2017-9月 Sep.  そうだ、山羊牧場を作ろう! Yes, I'll build a goat farm!

2017-10月 Oct. 山羊小屋を自作~基礎を作る Made a foundation

 業者に頼めばあっという間に完成するのだろうが、それでは自分は何も学べない。

お金が無いということもあるのだが、田舎暮らしは何でもDIY!

 山羊小屋は屋敷内の庭の中央に建てることにした。

近くだと世話が楽だし、ヤギ達に何か異常があってもすぐに気が付く。

頭数が増えたら、その時点で休耕田の中に山羊舎を新築するという構想で十分だろう。

かつて亡父が稲作の苗を育てるのに使っていたビニールハウスがさびたフレームだけをむき出しにして屋敷のど真ん中に佇んでいる。

このフレームを活用することにした。

これにくっつけるようにして小屋を建て、フレームを柵で囲って山羊の遊び場にすれば、私が日中出かけてもそこで歩き回れ、山羊たちは運動不足にならないだろうという想定だ。

 山羊小屋と言えども風で吹き飛ばされては山羊もかわいそうだ。

私の沽券にも関わるので、しっかりと研究した。

10㎡(およそ6畳間くらい)の小屋なので建築確認も要らず、固定資産税もかからない。

当面せいぜいマックスで3,4頭くらいだから、それほど大掛かりな基礎は要らないだろうと、羽根付き束石を6個、大引の下に置くピンコロはコンクリートブロックを使うことにした。

羽根付き束石というのは木材固定用のボルト穴の付いた鉄板が埋め込まれたコンクリートの塊のことである。

大引とは、基礎の上に渡す土台という材木のさらに上に渡すやや細い角材のことで、その上に板を張り、その上にパレットを敷いていく。

 穴の空いたコンクリートブロックで基礎を作る方法もあるが、あれはあれで作業工程が複雑で、私の場合は束石の方がシンプルだという結論に。

基礎の束石を6つ並べる。

これが結構重い!

中腰の連続の作業なので、腰が痛い!

基礎の寸法は372cm×256cm。

なぜこんな中途半端な数字かというと、今回の小屋は「廃棄パレット」で建てる、というテーマだから。

なにせ、材料をできるだけ廃材などリサイクル材でまかなおうというので、その分、寸法がばらばらなのだ。

ホームセンターで新しい材木を買ってくれば簡単で仕上がりもきれいに違いない。

タダにはそれなりのデメリットもあるのである。

束石6個。

まず穴を掘り、その下に砂利石を入れる。

束石の沈み込みを防ぐためである。これを入れないと後で小屋が傾く。

この状態で土台(基礎の上に水平に渡す太い角材のこと)を乗せて、水平を水準器でチェック。

束石同士の高さ調整と土台の水平は下に入れる砂利で調整する。

束石の水平が確定したら、その回りをモルタルで固める。

モルタルはセメント1:砂3の割合。

セメントも砂も袋が重い!!

束石と穴の間に入れて後からじょうろで散水し固める。

土台は産業廃棄物業者からもらってきた2×4木材。

防腐剤を塗っておいた。

基礎作りでの支出は基礎石・セメント・砂利など総計¥7000ほど。

束石が一番かかった。

1個900円くらい。

基礎のモルタルが固まったら、次はいよいよ小屋の組み立てである。

2017-10月 Oct. 山羊小屋を自作~基礎を作る Made a foundation

2017-11月 Nov. 土台と棟上げ Made sill and raised a framework

友人に事情を話したら、ぜひ手伝わせて、とありがたいお申し出を頂戴した。

そもそもこの工程は一人では無理である。
本当にありがたい。

土台を組み金具で補強していく。

柱も即製水準器で垂直を出し、組み立てた。

友人、こういう知恵をお持ちとは、尊敬である。

降雨日没のため順延、雨仕舞は叶わず。

屋根は次回持ち越しとなった。

山羊小屋の全体の雰囲気が少し見えてきた。

2017-11月 Nov.  土台と棟上げ Made sill and raised a framework

2017-12月 Dec. 屋根とかすがい Roof and clamp

福井の冬にしてはほんとに珍しい晴天の日曜日。

絶好の大工日和だ。

今日は屋根のフレーム作りと、柱間のかすがい入れ。

設計図も無しに始まったこの山羊小屋作り。

後のち身に沁みて思ったことは、設計図というのは絶対大事だということ。

プロが描くような本格的なものでなくても良いから、できるだけ正確に描くと余計な部材、足りない部材などが出ないし、最後の段階で、成り行きで工事が思わぬ方向に辿り着く、ということも防げる。

しかし、それも試行錯誤で悟ったことだ。

次回、休耕田に小屋を建てる時はばっちりだから、まあ、今回は良い勉強となった。

歪んで曲がった木廃材を再利用し、その場で適宜修正しながら作って来た。

強度をいかにして出すか。

三角形は一番強度があるから、屋根や壁面にできるだけ三角形を多く作っていく。

お手伝いくださった方々のお知恵を拝借しながら、ここまで出来上がった。

屋根の強度も十分である。

福井の冬の天気は晴天が2日続くことが無いし、その日晴れていても数分後に突然雨が降り出すこともあって、仕事の段取りが全然読めないのだ。

それでも空模様を見ながら、ささっと作業をする。

2017-12月 Dec. 屋根とかすがい Roof and clamp

2018-1月 Jan. 屋根と床張り Made roof and floor

天気予報では向こう1週間、雨傘マークがずらりなのに、今日の午前中の快晴にはびっくり!

神様の贈り物だ。

朝食もそぞろに、電動ドリル片手にスキップで山羊小屋へ。

それにしても自分がこれほどDIYを好きだとは知らなかった。

何でもやってみるものだ。

秋田杉の国産コンパネを屋根に並べ、ドリルで止めていく。

次にポリ製波板を専用釘で固定。

これらの屋根材はさすがに廃材ではまかなえなかったので、屋根の張材も併せて近くのホームセンターで購入。

これが一番お金がかかった。10万円ほどか。

さて問題は床である。

そもそも今回は廃棄パレットを活かした小屋作りがテーマなので、床こそこれを最大限利用していかなければなならない。

山羊は私に似て、雨、湿気が大嫌いだからである。

だから、床は産廃業者から譲り受けてきた釘だらけのずたぼろコンパネを一番下に敷き、次に廃棄パレットを敷き詰め、一番上に亡父がストックしていたコンパネを敷いて固定した。

これで通風もばっちりである。

しかしこのパレットの厚みを当初計算に入れていなかったので、天井の梁に始終頭をぶつけるということになるのは後日談である。

ドリルのバッテリーが切れる。そろそろバッテリーも交換時期だろうか。

2018-1月 Jan.  屋根と床張り Made roof and floor

2018-5月 May 山羊小屋がついに完成! Goat pen completed at last!

山羊小屋がついに無事完成した!

昨年9月末に廃棄パレットをもらってきてから足掛け8カ月。

平日は他の仕事にかかりっきりだから、ほんとのウィークエンド・カーペンター。

しかも、11月になると翌年の3月まで福井は連日雨が降ったりみぞれになったり。

晴れ間を見計らってちゃちゃっとドリル片手に小屋に突進、なんて日が冬中続いた。

寒さも半端じゃないから無理は禁物である。

だから作業が全然はかどらない。

まあ、急ぐ工事でも無いからのんびり楽しみながらやってきた、というわけだ。

うちの辺りは海岸に近いから風が強い。

だから外壁の板は同じ材質の杉板を購入した。

雨に強い鎧(よろい)張り工法である。

これも近くのホームセンターで調達。全部で3万円ほどの費用。

しかし、内部は山羊さん達、きっと許してくれるだろうと、拾ってきたもの、もらった板、小屋の隅に転がっていた板など、間に合わせの材料である。

裏山向こうの村の人が工事現場から出た廃棄コンパネを8枚くれた。

水洗いしたらとてもきれいなのである。

これは小屋内部の腰板に良い!

こうして自作小屋は完成!

その完成を待ち兼ねたかのように、「藤井さん、山羊あげますよ!」という電話が後日かかってくるとは!

最近何だか神がかりなのである。

2018-5月 May  山羊小屋がついに完成! Goat pen completed at last!

そうだ!六甲山牧場のような観光牧場を村に作ろう! I'll Make a Pasture Like the Famous "Rokkosan Pasture" in Kobe!

神戸市立六甲山牧場は年間訪問客30万人の日本最大のふれあい観光牧場です。創設62年の歴史を誇りますが、最初は羊2頭牛3頭の小さな農場でした。
 うちの村にもそのような牧場を作れないだろうか、と私は夢想しました。
「出来るかもしれない。いや、きっとできる!そして、羊や山羊、馬などの家畜とのふれあいや、日本の農業体験を求めて、日本中からたくさんの人が訪れるだろう。やってみよう!」
 これは、村の消滅の危機を救うことになる「鷹巣オハナ牧場」誕生から発展の物語です

そうだ!六甲山牧場のような観光牧場を村に作ろう! I'll Make a Pasture Like the Famous

鷹巣オハナ牧場 のOhanaとは「家族」を意味するハワイ語です。

牧場所在予定地の西畑町。この小さなに迫る集落消滅という危機はまさに「家族」の消失に他なりません。
鷹巣オハナ牧場ができたら、牧場を訪れるお客様は、牧場内で自由放牧されている羊たちとふれあい、馬に乗ったり、山羊と戯れたりして場内の自然に浸り、また牧場主催のさまざまなイベントを通して農業に親しみ、それによって心身を癒していただけるでしょう。その波及効果として限界集落である西畑村が消滅する危機を脱して行く、それが実現できたらと願っているのです

鷹巣オハナ牧場 のOhanaとは「家族」を意味するハワイ語です。

村が荒れる~高齢化、離農、そして耕作放棄田

日本全国どこも同じ深刻な問題を抱えているのが、「耕作放棄田」です。
農業では食えない。特に稲作では。
さらに、中山間地では。
耕作面積が小さいから一年間の収量がせいぜい米30キロ袋で200では高価な耕作機械の維持ができません。
春の耕運機、田植え機、秋のコンバイン。最低、この3台がいるのですが、それぞれ数百万円ととても高価なのです。
 しかも出番がちょっとだけ。
 さらに、高齢化で、「もう身体がきつくてなあ」と、稲作を止めるお年寄りたち。
そうかといって、息子さんたちが後を継ぐわけではありません。
勤め人で週末は身体を休めたいもの。
それに、高価な機械と肥料などを支払ったら、赤字です。
「今どき、趣味の農業、って言われるよ」と、幼馴染たち。
我が村も、そういうわけで10年ほど前から離農者が出始めました。
我が家も2010年に父が真夏の熱中症で脳梗塞を発症し、ついに稲作を諦めたのです。
土地改良で台地だった畑地を水田にしたものの、水源は台地の下の川から電動ポンプで汲み上げていたため、耕作者がゼロとなったのを機会にポンプを止め、電源も切ってしまいました。
それで、この台地の広大な水田は荒れるがままとなったのです。
それで大喜びしたのがイノシシ。
夜な夜な山から下りて来て草むらに身を潜め人の背丈ほどに伸びたススキやセイタカアワダチソウの茂みに巣を作るのです。
そして畑の野菜を荒らし、地中のミミズをさがして田の土手をくずします。
耕作放棄田はイノシシ害だけでなく、村の景観もみすぼらしくしてしまいます。
力弱い寒村の廃れたイメージ。

両親が続けて他界してから、田畑の維持が私の肩にのしかかって来て初めて、この問題の深刻さに気付きました。
村人はみな同じ思いを持っているでしょう。
しかし、誰も具体的に手を打つ様子はありません。
皆、勤めで忙しいのでしょう。
ならば、私がするしかない。
そこで、山羊に雑草を食べさせて草が茂るのを止めようと思ったのです。
でも、山羊だけでは追い付きそうもありません。
さらに、山羊は可愛いですが、それだけでは村人のモチベーションも上がりません。
どうしたら良いだろう?

村が荒れる~高齢化、離農、そして耕作放棄田

羊、ラム肉、ジンギスカン、BBQ

羊はヤギと食性がまったく同じです。
雑草を好んで食べます。
つまり餌代がタダ!
そして、羊は肉の需要も日本全国でとても高い!
街のレストランのランチメニューにも「ラム肉」は頻繁に登場しています。
そして、大都市には羊肉のジンギスカン焼き肉専門店がたくさん!
それだけ日本人にとって羊肉は広く受け入れられているのです。
我が村で育った羊肉をジンギスカンBBQでお客様に提供できたら!?
もちろん衛生管理は完ぺきにするのは当然ですが、BBQレストランではお客様が自身で「焼く」という調理行為をしてくださるため、レストランの厨房には腕の立つシェフは必要ありません。
玉ねぎ、もやし、ピーマン、キャベツを切ってお皿に盛りつけるだけ。
これなら村人だれでもレストラン運営にかかわることが可能です。
 
「村人だけでなく、若い人たちを牧場が雇用するチャンスが生まれる!
その若者が村に移住してくれるチャンスも生まれる!
可能性があるなら、かけてみる価値は十分にある!」

夢は正夢。
それが見えてきました。
 

羊、ラム肉、ジンギスカン、BBQ

六甲山牧場、視察が叶いました!~  Came True My wish for Inspecting Rokkosan Pasture

念願叶って、六甲山牧場の視察に10月7日、福井県議と一緒に行ってきました。

牧場スタッフの皆さんに暖かく迎えていただき、主に牧場「経営」の濃密な部分を表も裏もお話しいただきました。

素晴らしい大収穫です。

さあ、これから、この小さな農村に手作りの牧場が誕生していきます。

開設までには、越えなければならない無数のハードルが前途に横たわっています。

でも、愛するこの村を消滅から救えるならそんな障害を越えることには何の不安も躊躇もありません。

身の丈に合った動きから始め、力が付くにつれてその動きを広げていきます。

皆さんのご声援が何よりの力です。どうぞ応援してくださいね。

六甲山牧場、視察が叶いました!~  Came True My wish for Inspecting Rokkosan Pasture

料理 Cooking

食材と調理について思う事 What I Think of Food and Cooking

料理 Cooking

食材について Food Produce

日本のほぼ中央部に位置する福井県は、温暖ながら降雪量の多い厳しい冬の気候風土を持っています。
また、暖流対馬海流が流れ冬が比較的温暖な海岸沿い、内陸深い山岳のふもとの冷涼な大野勝山地方と、その地理的特徴はとても変化に富んでいます。
これらのテロワールによって産み出される食材の種類の多さと味わい深さについては全国屈指の県です。
その証に、古来より御食国(みつけくに)として京都の天皇皇族貴族ら口の肥えた人々によって福井の食材が磨かれて来た歴史を持っています。
 私共オーベルジュフジイフェルミエの近隣地区の農家から新鮮で美味しい野菜が提供され、また近くの港に水揚げされる新鮮な地魚もとても美味です。
 その時季、その日に手に入るこれらの地野菜や地魚を私共は出来る限りお客様にお出ししたいと思っています。
 

食材について Food Produce

調理 Cooking

お客様にお出しする料理を調理する際、食材だけでなく調味料にもこだわりを持っています。
 基本的に砂糖の使用はごく限られた場合を除き、使っていません。お客様の健康上の理由からです。その代わりに、甘味はみりんを使用します。
 塩は精製塩でなく、ミネラルの豊富な海の塩を使っています。
 和食の出汁は、昆布とかつお節で取ります。化学調味料は一切使用しておりません。自然の柔らかく深い味わいをぜひご賞味ください。
I am committed to using natural ingredients and seasonings, so I stay away from seasonings containing preservatives and chemicals. I also try not to use sugar as much as possible except for some preparations.
I use Mirin (Japanese sweet wine) instead of refined sugar when sweetness is required. I make my soup stock (Dashi or Umami-rich broth) with kelp and bonito flakes, and use it for every Japanese dish as a base ingredient.
I hope you will enjoy my flavorful dishes.

調理 Cooking

ただ今都合により、夕食のご予約がお受けできません Currently we are not offering dinner

大変残念なのですが、お食事につきましては、夕食のご予約がお受けできません。朝食のみご予約を受けています。朝食は1名様1000円です。どうぞよろしくお願いいたします
We are currently not offering dinner.
We apologize for any inconvenience.
However, we do serve breakfast for JP¥1000 per person.
Please let us know in advance.

ただ今都合により、夕食のご予約がお受けできません Currently we are not offering dinner

アレルギーに配慮した料理への対応可能 Food Allergies & Restriction

お食事は完全予約制です。その際、アレルギー等についてのご要望を詳しく伺っています。
 またVegan(菜食主義)やイスラムのHalal(ハラール)にも対応できますので、詳細をお申し付けください。
Please let us know if you have any dietary restrictions or special considerations, and we will do our best to accommodate you.

アレルギーに配慮した料理への対応可能 Food Allergies & Restriction

よくある質問 Frequently Asked Questions

よくある質問  Frequently Asked Questions

Q. クレジットカードは使用できますか? Can I pay with Credit Cards?

A. 申し訳ありません。現金のみの取り扱いとなります。
We're sorry, unfortunately we don't accept credit cards. Please pay in cash.

Q. クレジットカードは使用できますか? Can I pay with Credit Cards?

Q. 無料駐車場はありますか? Do you have a parking lot for free?

A. ございます。ただし5台以上のお車でお越しになる場合は、すぐ近くの駐車スペースのご案内をさせて頂きますのでご相談ください。
Yes, we do. If you come in more than 6 cars, you can also use the parking space at a public center in our village.

Q. 無料駐車場はありますか? Do you have a parking lot for free?

Q. 食事に関してアレルギーがあるのですが対応して頂けますか? Can you correspond to any persons who are allergic to some foods?

A. 柔軟にご対応をさせて頂きますので、事前にご相談ください。
Yes, we can. Please ask us anything.

Q. 食事に関してアレルギーがあるのですが対応して頂けますか? Can you correspond to any persons who are allergic to some foods?

お客様の声 Comments by Our Guests

お客様の声 Comments by Our Guests

子供たちが大喜びでした

ご主人のお人柄があふれてました。朝ごはんも美味しかった。ヤギ、鴨がいて子供たちは大喜びでした。帰り、私たちの姿が見えなくなるまで手を振っていてくださって感激しました。また福井に行く際は利用したいです。 K様( 2018-5月ご宿泊)

子供たちが大喜びでした

7ヶ月の娘と5歳の息子を連れての宿泊でした。

オーナーさんはとても優しい感じで少し遅れてしまった私達を温かく出迎えてくれました。
部屋は広くとても綺麗で、お風呂も4人で入っても余裕があるくらい広くゆったり入れました。まだ子供が小さいので広い部屋とお風呂は本当に良かったです。

朝食もとても美味しく5歳の息子も喜んで食べていました。
たまたまお祭りがある事を教えて頂き、恐竜博物館の後にお祭りにも行けました。
今度は早めに予約して夕食も食べたいなと思いました。
楽しい旅行の思い出になりました。本当にありがとうございました。
S様 <2018-5月ご宿泊>

7ヶ月の娘と5歳の息子を連れての宿泊でした。

旅の疲れが癒される民宿でした

「隅々までお手入れが行き届いており清潔感がありました。家庭的なお家でくつろぎやすく、ぐっすり眠れました。 オーナーさんは口数少ないですがほんわかな雰囲気でとても親切な方でした。」Y様 <2018-8月ご宿泊>

旅の疲れが癒される民宿でした

農村の静けさを満喫できました

福井県鷹巣海岸の近くですが 国道から山あいに入る小さな集落の中にあり とても静かなお宿です。
ご近所迷惑になるのでマナーが必要です が暮らすように過ごせます。
看板ヤギが居ます。
夕食は予約制ですがとても美味しいフレンチ (飲み物は全て持ち込み可)。
朝は福井の食材をふんだんに使って和食 オーナー自ら腕をふるってくれます。
のんびりできます!
T様 <2018年6月ご宿泊>

農村の静けさを満喫できました

綺麗なおじいちゃんの実家、という雰囲気!

静かで古民家の味わいもあり、清潔感があり、本当に綺麗なおじいちゃんの実家、という雰囲気でくつろげました。お布団も清潔、オーナーさんの接客も控えめでいて優しく、子ども連れには嬉しかったです!
スケジュールの都合で到着が遅くなったのですが、嫌な顔ひとつなさらずでありがたかったです。
またぜひ利用させて頂きたいです!
(2019-8月ご宿泊)

綺麗なおじいちゃんの実家、という雰囲気!